今年のテーマは「遊び

 
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司1&2

 

 

 

 

==============明転==============

「おはようございます。」

「今日のテーマは『遊び』。皆さんと遊びのいろいろな側面について考えていきます。司会の       です。」

「    です。」

「ところで(A)さん。高校生のみなさんは『遊び』に ついて様々なイメージを語っていましたが、(A)さんは『遊び』という言葉にどのようなイメージを持っていますか?」

「えーと、やっぱり…、息抜きとか、娯楽とか、そんな感じかな」

「(B)さんは、どう思われますか?」

「私は正直言って、遊びという行為自体に、意味はないと思うんですが…。だって何も生み出さないし。」

(しばし沈黙)

「この意見に対して、評論家として   さん、どう思われますか。」

「確かに遊びは、その行為自体にはなにも意味がないという人もいます。しかし、本当に遊びには意味がないのでしょうか?意味がないならばどうして日常からなくならないのでしょうか?これからその部分を番組を通して探っていきます」

「以上のメンバーで、これからお送りします。」

「それでは始めに、遊びはストレス発散に関係があるのか、考えていきましょう。」

==============暗転==============

「仕事や日常生活で、ストレスがたまることは多いなぁ。 だから遊んで気分転換をして、また仕事に集中できるようにしてるけ ど。」

「遊びを趣味・気分転換という面からみると、ストレスを発散するのに、遊びは効果があると言えます。」

「なんで遊びでストレスが発散できると言えるんですか?」

「私がお答えしましょう。ストレスの発見者、ハンス・セリエ博士は、ストレスはバランスをとるためのサインだと考えていました。」

「バランスをとるためのサイン?」

「例えば仕事のことでストレスを抱いているときは、仕事のことを意識しすぎています。ここで、遊びをじぶんから意識することで仕事に対する意識と、遊びに対する意識のバランスを保つ、ということです。」

「仕事に対する意識をいったんなくして代わりに遊びを意識する、ということだな。」

「“仕事脳”を休ませて、”遊び脳”を働かせるってこと?」

「はい、その通りです。心から楽しむ、という考えが必要です。」

「なぜ心から楽しむことが必要なんですか?」

「遊んでいるときにもストレス源のことを意識していると、意識のバランスが安定しないからです。」

「ここで大切なのは、遊びは一旦ストレス源から距離をおくという意味であり、直接の問題解決にはならない、ということです。」

「確かに、ストレス源そのものを解決はしてないからね。」

「しかし、ストレスを抱えていた時に見えていなかったことが、遊びを通してストレスを発散することで見え、解決の糸口を見つけることは可能です。」

「ストレス源から距離を置くということでは遊び以外にもストレス発散の方法がありそうですね。」

「はい。ストレス発散の方法は遊び以外にもたくさんあります。ところで、ストレス発散の方法のひとつに、旅行があるのですが、旅行の本質は日常生活している場所から離れ、生活したことのないような、非日常の場所へ行くことにあります。仮に旅行を遊びの中に含めるなら、『労働』と『遊び』の関係は、『日常』と『非日常』の関係と似ている、ということにならないでしょうか?」

「なんだか難しくて、良く分からなかった…。」

「簡単にいえば、旅行では、いつも生活している場所を離れ、日常では経験できないことを、旅行先で経験します。同様に、遊びでは日常の仕事を休むことで、働くことでは経験できないことを経験します。この点で旅行と遊びが似ていると言えます。」

「旅行と遊びが似ていることを示すような、証拠になる具体例なんかはあるんですか?」

「『日常』と、『旅行』という『非日常』の関係と、『仕事』と『遊び』の関係が似ていることを示すのは難しいですが、『日常』に対する『非日常』の関係において、『非日常』の中に遊びを見出すことはできます。」

「非日常の中に遊びがあるということの例はあるんですか?」

「ここで注目すべきなのは、昔の日本社会における『ハレ』と『ケ』の関係です。」

「ハレとケ?」

「はい。『ハレ』には冠婚葬祭や年中行事などの祭り、『ケ』は日常生活を指します。」

「農村の場合、『ケ』、つまり日常生活においては、人々は村という共同体に縛られ、農業などの労働を強いられていました。農業などは共同作業で、村の中での共同体意識は強いものがありました。」

「確かに、田植えのときは今も家族が共同で作業しているものね。」

「しかし、その反面、共同体意識が個人の行動を制限してしまったという事実もありました。この考えは、今の日本にも根強く残っています。」

「都市の場合も、農村ほどではないものの、町という共同体による制約が存在していました。違いは、農村に比べて税の負担が軽かった点と文化が進んでいた点です。そのため、『ケ』の時間に、遊びを楽しむ余裕はあったと思われます。物質的に豊かであり、文化が進んでいたため、道具を使う遊びも発達していたと考えられます。」

「文化の差によって、遊びの違いはあるんですか。」

「安土・桃山、江戸時代、京の都の様子を描いた絵には、碁や双六を楽しむ人の姿があります。しかし、農村の遊びについての資料はあまりないため、よくわかっていません。」

「みんながしていることをしないといけないという、共同体の目が今の時代も根強く残っているということは認めるけど、『ハレ』と遊びには、どのような関係があるんですか?」

「さっきまでの『ケ』に対をなす『ハレ』です。『ハレ』は冠婚葬祭、年中行事などの祭りを指すことは述べましたが、その祭りには、神事が関わっている場合が多いのです。」

「神事が関わっているということは、祭りの主な目的は神への奉仕になるだろ?神への奉仕は厳粛なものだから、『ハレ』の日に遊びをしたとしても、『ケ』の時に蓄積されたストレスを発散できるほど遊びは楽しめないんじゃないの?」

「日本では、神と人とがコミュニケーションをとるには、信仰的な遊びが必要なものだと考えられていました。そして、神も人と一緒に楽しむべきだという考えもあったのです。」

「実際に神と人とが一緒に楽しむべきだという考えの例はありますか?」

「はい、この考えのもと、奈良の春日大社では、祭礼の後、神だけでなく人々も見ることのできる場所で能を奉納しています。」

「『遊ぶことが神様に仕える手段なら、神様からのお墨付きをもらったようなもの』という気持ちによって、人々は共同体の目を気にすることなく、遊ぶことができたのです。」

「京の都を描いた絵では祇園祭の山鉾(やまぼこ)の巡業の様子が描かれています。都市の『ハレ』もまた、神事に関係しています。そして農村と同じように、『ハレ』の日は存分に遊ぶことができたのです。」

「しかし、『遊ぶことが神に仕える手段』という考え方は、この後(のち)、日常生活で神事に関わらない遊びについて罪悪感を感じてしまうことに繋がりました。」

「でも、罪悪感を感じるとしても、遊びがしたい時はどうしたんですか?」

「人々は遊びたい時に神をもちだして言い訳をすることもありました。例えば、江戸時代の伊勢神宮などへの参拝は、参拝という面もありましたが、同時に旅の途中に立ち寄る町や都市の観光という面もありました。」

「遊ぶためには言い訳が必要なんて、今じゃ考えられないな。」

「いや、日本人は今も言い訳をしていると思いますよ。例えば、休日に遊ぶ時は、『明日から学校や仕事を頑張るために遊ぶ』と考えませんか?」

「遊びに対する罪悪感は今も強いのかなぁ。」

「ハーイ、CM入りまーす。」

『遊びと勉強の両立は可能か?インタビューその@』

==============明転==============

「本番5秒前ー。・・・3,2,1!」

「祭としての『ハレ』、日常としての『ケ』、この2つの要素の中には、どのような関係があると思いますか?」

「今の日本では、どちらかというと『遊び』よりも『仕事』が大事で、『遊び』は『仕事』の能率を上げるためにする、って感じがするけど…。」

「昔の日本でも、今と同じように、日常生活、つまり『ケ』を安定させるため、祭り、つまり『ハレ』はあったと思うなぁ…。」

「では、『ハレ』と『ケ』について、当時はどのような関係があったのか、考えてみましょう。」

==============暗転==============

「先ほど、お二人が言われたように、現代では、『ケ』の方が大事で、『ハレ』は『ケ』よりも低い立場だと、考えがちです。しかし当時は『ハレ』と『ケ』は対等な立場にあったのです。」

「現代では『ケ』のために『ハレ』があると思いがちだけど、それは、『ハレ』自体がそれだけで重要な役割を持っているってこと?」

「はい。『ハレ』は『ケ』によって溜まったストレスを発散するだけでなく、村や町全体を一体化させるという意味があったのです。」

「村や町全体を一体化させるってどういうことですか?」

「当時の村に百姓だけでなく、僧侶や神主などの宗教者、職人なども住んでいました。村には共同体意識がありましたが、『ケ』の場合においては、近所や職業、または身分によって共同体が形成されていきました。」

「確かに農作業では共同作業は多いけど、村全体でやるほどの作業じゃないよね?」

「しかし一旦『ハレ』を迎えると、人々の間の身分差はなくなり、職業の垣根も越え、村全体で楽しみを共有し、村は1つになるのです。」

「都市においても、たとえば京都の祇園祭は、応仁の乱の後、町衆の手によって復興された祭りでした。町全体で祭りを運営することで、町の中にも一体感が生まれました。」

「これは、『ハレ』の日の遊びが、ストレス発散の役割だけでなく、人々を一体化させるという社会的役割を担っていた、ということですね。」

「その通りです。」

「先ほどは『ハレ』がストレス発散の役割だけでなく、共同体を一つにする社会的な役割も備えていると述べました。このように、次からは遊びが持つ、ほかの役割について考えていきます。」

「はじめに、社会的な役割について考えます。ここでは、社会が子どもに何を求めているかが関係してきます。まずは、発展途上国を例にしてみます。」

「発展途上国では、早くに仕事の方法を身に付け、大人同様に働き手となることが、子どもたちには求められています。なぜなら、気候が厳しい分、農業や牧畜などでの生産が少ないからです。そして、機械も導入されていないので、たくさんの人手が必要になるからです。大人の農業や牧畜の仕事を手伝うだけでなく、その間に生活の足しになるものを得ることも求められています。」

「具体的には、どのようなものが挙げられますか?」

「仕事の方法を身につける遊びとしては、狩猟民族での弓矢遊びがあります。他にも、家族が作業している様子をまねるのも、この種類の遊びに含まれます。」

「遊びが生活の足しになるというには、どういう例がありますか?」

「パチンコを使って鳥を撃ち落とし、食料の足しにするという遊びがあります。これらの要素は、昔の日本ではよく見られました。」

「イナゴを捕まえて佃煮にすることも例のひとつですよね?」

「現代の日本では、技術革新によって農業のような、家族単位で行う仕事も、一部を除いて少ない人数でできるようになり、子どもが働く必要はなくなったのです。」

「現代の日本では、遊びの持つ社会的な役割は薄れてきたということですか?」

「いいえ、確かに仕事の方法を身につけるための遊びという部分は薄れていますが、社会が子どもに求めるものがあります。社会的なルールや、責任などです。」

「子どもの頃に友達と遊んだとき、ルールを守らない人がいると楽しくなかったなぁ。例えば鬼ごっこの鬼が途中で勝手に帰ったりとか。みんなずっと待ってたからなぁ。」

「ルールを守らなかったり遊びの中での責任をを果たさないということで遊びは楽しくなくなります。そして、その苦い経験からルールを守ることや責任を果たすことを知るのです。」

「遊びには教育的な役割もあります。江戸時代の寺子屋では、言葉を学ぶため『しりとり』が行われていました。」

「最近の脳トレや、能力開発のようなゲームもそれと同じだな。」

「学校でも授業で漢字遊びをしたよね。」

「ここで大事なのは、これらの例は、遊びは学びの一部に補完的に行われたことを示しているということです。」

「勉強しやすくするために、遊びを取り入れたということか。」

「しかし、小さな子供では学びと遊びは分けることができないものだという考えから、学びも遊びの領域に含まれるのではないかという考えも存在するのです。」

「学びが遊びの領域に含まれるという考えのもと、遊びの中で、生きるのに必要な知識を学ばせることがあります。アフリカのグアテマラでは、イス取りゲームの鬼が汚い水を売りつける人であり、子供たちが遊びを通して無意識のうちに水の貴重さを学びます。」

「遊びながら学ぶことは楽しいことだと、昔の人は既に気づいていたんですね。」

「学びには、精神的な役割も存在します。子供の脳を発達させるのにも遊びは効果があります。この場合は、遊びといっても外に出て活動することで、脳、特に前頭葉が活性化されます。」

「前頭葉はどのような働きをしているんですか。」

「前頭葉は意思や創造力に関する働きの中枢です。 そこが活性化されることは、心が豊かになるということです。」

「また、外で自然とかかわることで五感を刺激し、発達させます。遊びは子供の脳の発達にとって不可欠と言えそうです。」

「身体の発達という面でも遊びは有効であると考えられます。子どもの遊びには、この要素も多く含まれています。」

「鬼ごっことか、木登りのことですか?」

「はい、ここでどのような種類の遊びをしていたかによって、身体の発達や、発育する部分に影響が出ます。鬼ごっこなら走力が木登りなら握力やバランス感覚が養われます。」

「でも、遊んでいる公園に木がなくて木登りできない、ということもあるよな。」

「遊んでいる場所も、身体の発達に影響を与えます。子どもの運動能力が昔より低下しているのも、外で遊ばなくなったという理由もありますが、現代は遊ぶことのできる場所が制限されているから、と考えることもできます。」

「遊びの社会的要素・教育的要素・精神的要素・身体的要素という四つの要素から、遊びは、人間形成の役割があるといえるのではないでしょうか。」 「新たな局面が見えてきました。この続きはCMのあと。」

「CM入りまーす。」

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  『勉強と遊びの両立は可能か?インタビューA』

===============明転=============

「本番5秒前―。…3,2,1!」

「これまで遊びについていろいろな角度からまとめてみましたが、 Bさんはどう思われましたか?」

「最初は、遊びには意味がないっていったけどそんな事無くて、いろいろな意味があって深いなーって思って……」

「そうそう。そしてどれも人間にとって必要なものなんだと感じたね。」

「遊びは全世界に存在しています。そして世界各地で遊びには様々な違いはありますが、遊びが持つ『ストレスの発散』の役割と『人間形成』における役割の2つの柱は、世界共通だと言えると思います。」

「遊びによる『ストレスの発散』は、現代の日本だけに言えることと思っていたけど、実はずっと前から遊びの重要な意味として存在することがわかったよ。」

「『人間形成』という面は、最初は全く意識していなかった分だけ、意外だったな。でも、遊びが無意識のうちに人間を形成している、という点には、遊びの持つ意味を感じたな。」

「『ストレスの発散』そして『人間形成』は、遊びの持つ効果だといえます。人間が長い時間培ってきた遊びには、人間にとって不可欠な効果があったのです。」

「しかし、ここで、われわれは遊びについて、再び考えてみることが必要です。『ストレスの発散』と『人間形成』に遊びが悪影響を与えている部分があるのです。」

「『ストレスの発散』としての遊びが逆効果となっている、興味深い事実があります。日本人の生活時間の変化をみると、男女とも睡眠時間が減少し、趣味・娯楽・スポーツなど、『遊び』の時間が増加しています。さらに、最近になり、労働時間も増加しているのに、『遊び』の時間は増加傾向にあります。」

「睡眠時間を削ってまで、『遊び』をしようとしている、ってこと?」

「ストレスはバランスを取るためのサインだったという話のように、仕事に向かい過ぎている意識を、これまで以上に遊びに向かわせている…。それだけ仕事が厳しいということの現れですか?」

「確かにそのように見ることもできると思います。労働時間が増え、仕事に対するストレスを発散させるため、より多くの時間を遊びに費やしていると。しかし、睡眠時間の減少によって、日本人は今まで以上に疲れを感じていると思います。このような状況では、身体や脳全体がストレスを抱えているでしょう。そんな中で遊んだとしても、さらに身体や脳に負担をかけてしまいます。今、日本人に必要なのは、十分な休息だと思います。この事実をみると今、自分が本当に必要なものについて気付いていないということが考えられます。この状況が続けば、日本は今までに経験したことのない危機に直面するかもしれません。」

「『人間形成』としての遊びが逆効果となっている例もあります。遊びのときに、汚い言葉遣いをし続けると、それがその人の普段の話し方にも表れてくることがあります。また、最近の青少年犯罪でも、犯人が現実とゲームの世界の見境(みさかい)がつかないために犯罪が起きてしまったという例もあります。」

「遊びにはまり過ぎて、本来やるべき仕事が手につかなくなる、というのも逆効果のひとつだよね。」

「でも、遊びに没頭しすぎていつも一人で遊んでいるときのようなきがするなぁ。ほかに人がいるとその人の都合もあるからきっちり追われるしなぁ。」

「公園に行くとベンチに座って携帯ゲーム機で遊んでいる子供の姿を見かけます。あの様子はやっぱり変だと思います」

「さっきの遊びの人間形成における役割は正しい方向ではなくて間違った方向に働いていると思いますね。」
「今こそ遊びが本当に『ストレスの発散』と『人間形成』に正しくはたらいているか、見直す必要があると思うな。」

「遊びは昔から代々伝わってきたものですが、実際に遊びをするのは我々人間です。自分にとって最も必要な遊びは何かを、考えてみるべきだと思いますね。」

「さて色々な角度から遊びについてまとめてきたこの番組も、そろそろ終わりの時間を迎えようとしています。 Aさん、Bさん、評論家の    さん。本日はありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

「今回の番組を通して皆さんの遊びに対する思いが少しでも、違ったものになるとうれしいと思います。それではまた。」

(客席に対して礼)

==============暗転==============

〜エンディング〜 ============幕を下ろす=============