委員長

Z03から得たもの、実はそれは私に限っては、達成感や充実感、いえそれ以上に自分の甘さや未熟さ、愚かさに対する自覚の方が大きかったのです。
藤高生の100人弱もの生徒の、夏の終わりの十数日、早朝から日が暮れるまでの、莫大なる貴重な貴重な時間。彼らの夏の最後の思い出は、我々の手に委ねられていたのです。究極的には私の手に。そして彼らだけでなく、1200人の生徒、先生方の学校祭初日、しょっぱなの1時間半、これもまた我々の手に委ねられておりました。これは大変なことです。しかし私の自覚は至らず、およそ委員長らしからぬ言動の数々、私自身今でも思い出すと恥じ入る思いであります。ペイントを駆使して?シナリオのつなぎを書いて?結論を独断で仕上げて?まとめた?100人弱の仲間を?仕事を与えるだけ?委員長の仕事は指示と批判、そして妥協?全体会が終わった後、私は自問を繰り返しました。
高みを目指し目標それだけを考えて熱中する、仲間たちの美しい姿勢。まず、自分たちのベクトルをそろえて同じ向きに、進んでいくこと。まずは、これが第一だと思うんです。不甲斐ない委員長とは裏腹に、皆は、それぞれが自分のできる範囲で最高の発表を目指してくれたんです。それは私の、救いでした。皆は私の期待をはるかに越える意欲でもって、私に゛何やってるの委員長”と、プレッシャーをかけてきたのです。仲間に恵まれた私は、おいしいとこ取りをしてしまったのかもしれません。
次に考えるべきは、内容の如何であります。デジタル的なアプローチのインパクトに比べて、アナログな部分の弱さ。全体会委員全員で、1度でもimagination、creationについて話し合う場を設けることをしなかった、私の悔やむところであります。メッセージ性は全体会に欠かせない要素の一つ。そして、話題をこちらから投げたまま、というプレゼンテーション形式。或いはショーといった方がいいのでしょうか。私は否定はしません。しかしベストであったともいえないのです。
とにかく、カリスマ性を持つ歴代の委員長の方々にひけをとりまくりの私でした。皆さん本当にありがとう。全体会は毎年進化してゆくものです。どうか、今年の、歴代の全体会の反省を活かして、かつ、しがらみには囚われることなく、来年以降の全体会の更なる進化と共に、母校藤島高校の繁栄を心から祈っています。藤島高校、全体会との出会いを果たした私はあまりにも幸福でした。


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