最終更新日 2004/06/18

全体会2003 シナリオ

まえがき - シナリオ掲載にあたって

オープニング

MPEG movie〈Opening Movie〉(44.7MB)

全員 「全体会2003!!!!!!!!!!!!」

芸術班

導入部


歴史

芸術班 プレゼンテーション(一括表示)

平馬 「イマジネーションはなんとなく分かるけど、クリエーションってなんだろう?」

伊藤 「クリエーターっていう言葉を聞いたことはあるよね。」

末永「でも、クリエーターって何?」

横田「たしか、芸術を作り上げる人って意味じゃない?」

末永「じゃあ、芸術には何がある?」

平馬「絵画とか音楽とか」

横田「小説や演劇も?」

平馬「ていうか芸術って何?」

伊藤「辞書で調べてみよう。芸術とは

『特殊な素材・手段・形式により、技巧を駆使して美を創造・表現しようとする人間活動、およびその作品。建築・彫刻などの空間芸術、音楽・文学などの時間芸術、演劇・舞踊・映画などの総合芸術に分けられる。』

だって。」

横田「へえ、芸術って言ってもいろいろあるよね」

末永「映画とか、私たちの身近にある芸術もあるんだね。」

北川「というわけで、私達はイマジネーションとクリエーションを、私達にとって身近な芸術のひとつである映画から、考えてみることにしました。」

横田「映画といえば、最近の映画ってすごいよね〜」

平馬「迫力あるよね。」

末永「どうやって撮っているのか分からないところも出てくるし。」

伊藤「CGでも本物みたいに見えるよね。」

平馬「小さい頃に見た映画を最近また見たんだけど、今の映画とはだいぶ違う気がする。」

末永「ほんの十何年前でも違うんだから、そのずっと昔は全然違ったんだろうなぁ」

伊藤「ね、映画の歴史を調べてみない?」

横田「1891年、かの有名なトーマス・エジソンが映画撮影の原点となるキネトグラフを 公開した。その2年後、キネトスコープを一般公開した。キネトグラフというのは動画カメラで、それを連続写真のように映像として見ることができるのがキネトスコープ。 でもこれは箱をのぞき込むというシステムだったので、1人ずつしか見られなかったんだって。」

平馬「さらにその二年後、フランスのリュミエール兄弟がシネマトグラフ・リュミエールを開発したことにより、 スクリーンを使って多くの人が同時に見られるようになった。これが今日、映画を上映する方法の基盤となっているんだよ。 でも、このときはまだ音声は入っていなかったんだ。」

伊藤「えっ、それじゃあ、登場人物はしゃべらなかったの?」

平馬「欧米では、字幕で説明されていたんだって。日本では、スクリーン脇からナレーターとして物語を語り、役者として登場人物の声を演じる弁士と呼ばれる人がいたんだよ。音楽も、楽士と呼ばれる人たちが上演中に生演奏していたんだ。」

横田「1923年には、リー・デ・フォレストという科学者がフィルムの左端の溝に音を記録する発明をし、音の入った映画が作れるようになった。1932年にはカラー化が始まった。そして、現在では、撮影技術も進歩し、さまざまな映像が撮れるようになったんだね。」

映画製作

横田「ところで、どうして私たちは映画を観るんだろう?」

平馬「映画を観ている間はストーリーに集中できるから、日常の面倒なことを忘れられるんだよね」

末永「2時間で楽しくなったり、うれしくなったりするのって、何だか得した気分。」

伊藤「じゃあ、映画監督は、どうして映画を作るんだろう?」

みんな「う〜ん……」

横田「今まで私たち、観客側の立場には立った事あるけど、監督や脚本家、俳優というような作り手側の立場には立ったことないよね?」

伊藤「……私たちも作ってみようか?」

北川「私たちは作り手の気持ちを体験するために、2つの班に別れ、『愛』という同じテーマでそれぞれ短い映画を作りました。それでは、まずは『What color is LOVE ?』をお楽しみください。」

MPEG movie 〈芸術班ムービー1 What color is LOVE?〉(Not Available) プレビュー

北川「続いて『教師 vs 生徒!』です。」

MPEG movie 〈芸術班ムービー2 教師 vs 生徒!〉(Not Available) プレビュー

北川「楽しんでいただけましたか?それでは、二つの作品のうちどっちが好きかみなさんに聞いてみたいと思います。『What color is LOVE ?』のほうが好きだ、という人は拍手してください。それでは、『教師VS生徒!』の方が好きだ、という人は拍手してください。ありがとうございました。まあ、人それぞれですね。さて、実際に映画を作ってみて、作り手側のみんなはどんな感想を持ったのでしょうか?」

平馬「初めのイメージとは違うものができた。イメージを形にするのって難しいね。」

末永「僕たちの班は、色によって愛の移り変わりを表現しようとしたけど、見ている人にうまく伝わったかなぁ、って心配。」

横田「うちの班ともう一つの班、同じ『愛』をテーマにしても全然違う作品になったよね。」

末永「ストーリーも違ったし、映像の雰囲気も違うもんね。」

横田「両方の班の監督に、制作秘話を聞いてみよう。では、『What color is LOVE ?』の監督から。」

伊藤「はい。まず、どうして愛を色で表すという作品になったか、というところから。『愛』をテーマにするって決めたとき、班の中に、色の『藍』だと勘違いしていた子がいたんです。あの、青紫っぽい藍色のことですよ。で、『愛』から色の話になって、そういえば中学の英語の教科書に『What color is LOVE ?』って出てきたよね、って話になって。そこからこの作品のアイデアが生まれました。」

横田「アイデアって、どこから生まれるか分からないものだね。」

伊藤「初めに思ってたアイデアとは違うものができちゃったけどね。私、本当は感動のラブストーリーを目指してたんだけど、やっぱり素人だし、時間の制限もあるし、見た人に楽しんでもらうためにはちょっときついかな、と思って路線を変更したの。でも、やっぱりプロだったら、見た人に楽しんでもらう、ってことより、自分が伝えたいことがちゃんと見た人に伝わるか、ってことを気にするだろうね。どうにかして自分が伝えたいことを観客に伝えようと工夫するんだろうな。」

末永「ところで、あの作品に出てくる恥ずかしいシチュエーションは監督の妄想?」

伊藤「妄想といえば妄想かも。でも、イメージの元になるものはあったんだよ。『あずきちゃん』って少女漫画知ってる?私、大分昔にあの漫画を読んだんだけど、結構印象に残ってる場面があるんだよね。主人公とその彼氏が、公園でブランコをこぎながら語り合っているところとか。彼氏が缶ジュースのプルタブを指輪に見立てて主人公の指にはめるところとか。今回の映像の、公園で見詰め合うシーンとか、指輪のシーンは、こういう記憶からイメージしたんだ。あと、最後のシーンでは、誰でも知ってる『My heart will go on』を流すことで、見た人に愛をイメージしてもらおうと思ったの。」

横田「では、『教師VS生徒!』の監督、でてきてください。」

伊藤「宮越君は、本当は舞台発表委員会なのですが、今回映画の主演、編集で全体会を手伝ってもらいました。本当にありがとうございました。」

横田「さて、監督に聞きますが、何か制作秘話のようなものはありますか?」

宮越「制作秘話ですか?作るまでに時間がなくて大急ぎで撮ったり編集したりしたからあまり覚えてないんですけど、あ、一応言っておくとあの『I’ll be back!』ってのはアドリブです。現場で思いつきました。そしたら、『本物の声を録ろう』ってことのなって、全体会の人にビデオ借りてきてもらったんすよ。で、編集してみたらピッタリでしょ?びっくりしましたよ。・・・(あと、もう一つのアドリブについて語る。)」

伊藤「短い作品だったけど、少しは作り手の気持ちが分かったよね。」

横田「私たちは映画を作るのは初めてだったけど、普段から映画作りをしている人は、どういう気持ちで映画を作っているんだろう?」

北川「私たちは、インディーズ映画を作っていらっしゃる森川陽一郎さんにインタビューしてきました。」

MPEG movie 〈芸術班ムービー3 インタビュー映像〉(Not Available)

横田「さて、今まで映画の歴史を調べたり、映画を観るとき、作るときの気持ちを考えたりしてきたけど、映画とイマジネーションとクリエーションとの関係はどうなっているんだろう」

伊藤「監督や脚本家、俳優といった映画の作り手が映画を作る過程は、イマジネーションからクリエーションへの過程だよね。」

平馬「イマジネーションからクリエーションっていわれても、ちょっとわかりにくいなぁ。横文字だし、普段あまり使わない言葉だから。」

伊藤「それじゃあ、日本語で考えてみたらどうかな。2つのソウゾウを漢字で表すと、(『想像』『創造』)こうなるよね。想像の『想』は、ある対象を心において考える、いろいろのイメージを考える、という意味。『像』は姿や形という意味。創造の『創』と『造』は、どちらも作るという読み方をするけど、意味が少し異なるんだよ。『創る』はゼロから新しいものを作るという意味で、『造る』は、何か元になるものがあって、材料をくっつけあわせて形のあるものを作るという意味だよ。作り手は、ふとしたときにストーリーの一場面や、登場人物の設定を思いついたりするよね。それは、漠然とした『想』い。はじめに、『こういうテーマで作りたい!』っていう強い気持ちがあるときもあるけど、この段階ではストーリーまで決まってはいないよね。」

末永「僕たちもはじめに『愛』をテーマにしようって決められてたけど、ストーリーはなかなか思いつかなかったなぁ。」

伊藤「うん。そして、『想』いを組み合わせたり、考えを深めていったりして、ストーリーが固まってくる。それが、よりはっきりとした形の『像』。でも、監督の心の中の『像』は、そのままでは決して他の誰にも伝えることが出来ない。だから、イマジネーションを上手く伝えられるように工夫しながら、脚本を『創』り、それをもとに映画を『造』る。これがイマジネーションからクリエーションってことだよ。」

平馬「映画を一本作る過程はイマジネーションからクリエーションへの過程なんだね。でも、イマジネーションからクリエーションって、そこで終わっちゃうの?」

伊藤「ううん、そうは思わないな。だって、映画を観た観客一人一人は、『あのときの主人公の気持ちは』とか、『もし私がヒロインだったら』とか、心の中でその映画からイマジネーションを膨らませるでしょ?これって、クリエーションからイマジネーションが生まれた、ってことだよね。そして、そうやって生まれたイマジネーションがたくさん蓄えられて、映画を観た人の中で、後になってそれを映画っていう形でクリエートする人が出てくるんじゃないかな。」

末永「そっか、スティーブン・スピルバーグもディズニーの映画に影響を受けた、っていうもんね。」

平馬「映画から映画に限らず、小説に影響を受けて映画を作った人とか、音楽に影響を受けて絵を描いた人とかもいるだろうね。」

横田「ということは、今までは映画について言ってきたことは、芸術全般に当てはまるんだね。芸術の作者は『想』『像』『創』『造』の過程で作品を作る。作者は自分のイマジネーションを伝えるために工夫を凝らしてクリエートし、人々はそのクリエーションから感動的なイマジネーションを得たくて作品を鑑賞する。そして人々は、そのイマジネーションを元にしてまたクリエーションを創造する。この過程の繰り返しで、技術が発達したり、新しい分野が生まれたりしたんだね。」

伊藤「わかった!イマジネーションとクリエーションは、連鎖するものなんだ!大昔からのこの連鎖によって、芸術が発展してきたんだね。」

伊藤「これが、私たち映画班が考えたイマジネーションとクリエーションの関係です。」

全員「私たちのイマジネーション・クリエーション、伝わりましたか?」

美班

導入部


美しさ

美班 プレゼンテーション(一括表示)

モナリザ「どうも、モナリザです。 今日ははるばる東京都渋谷区から、インターネットのケーブルにのってやって来ました。 というのも、これから世界へ飛び出す藤島高校の生徒およびその教育にたずさわるトップレベルの先生方に、人の美しさについて今一度イマジネーションとクリエーションという観点から考えてほしいからなのです。 人が美しくなりたいと思うのは当たり前ですね。たとえばこんなテレビ番組があるのはみなさんよく知っていると思います。」

MPEG movie 美班ムービー1 引用[ビューティーコロシアム](Not Available)

「自分が美しくなれば、自分を好きになりやすくなります。私はこんなに美しく生まれたおかげで、毎日とても楽しいです。美人だと得なことはたくさんありますが、なんと言っても、美人は第一印象が良い と思います。初めて会った人に、何もしなくても良い印象を与えられるというのはすばらしいことでしょう?でも、顔やスタイルがいいという理由だけで、「特別な人」だと思われる傾向もあります。私のような完璧な人は別だけど、美人の内面があまりに平均的だったりすると、何も悪いことをしていないのに失望されることもあるようです。美人も楽じゃないわー。ははっ。
具体的にどんな人が美しい人だと言えると思いますか?私のような人と言ってしまえばそれまでだけれど、私の良さを語り尽くすには時間が足りません。その代わりに、先日学校で行ったアンケートの意見を参考にしてみましょう。
この結果をみて分かるように、理想的な外見では、目の大きさを重視している人、背が高いや、細いなど体型を重視する人もいました。中にはサイヤ人などを好んでいる変わり者もいました。
理想的な内面という質問では、優しいがダントツのトップでした。皆さん異性の人には特に優しくしましょう。あなたの人気は急上昇です。続いて自分の意見をもっている人や、気が利く人など、しっかりした人が人気でした。誰にでも平等な人も好かれるようです。天然などの癒し系が好きという意見は思ったほど多くありませんでした。癒し系の時代は終わったのかもしれません。みなさんしっかり生きましょう。
また、みなさん顔より性格を重視しているようです。両方大切という人もいますが、どちらかというと性格だと言う人が多かったです。皆さん嘘吐きですね。
理想的な外見は人気のある芸能人の顔だといえるでしょう。その代表が長谷川京子や、柴崎コウ、矢田亜希子などです。内面は全体で考えれば、優しさに加えて何か一つ人と違ったところがほしいようです。ただ、この二つを持っているひとはあまり多くありません。しかし、整っているだけが良い顔でもありません。よく人は、「あの人いい人そうな顔してるよね。」といいますが、それは内面が外見にも表れるということだと思います。つまり、心が綺麗だと自然に顔にも出るのです。しかし、どんなに心が美しい人でも、外見にまったく気を遣わなければ、その良さを理解してもらうのには時間がかかるかもしれません。
また、外見ばかりに気を遣っていても、その人の周りに多くの人は寄って来ないでしょう。つまり外見も内面も人の魅力を表す要素だということです。

原始人/未来人

ところで、私達が果実に対して美しいと思う心。これは原始人が食べごろの果実を見わけるために発達させたものだそうです。写真を見て分かるように、食べ頃の果実は綺麗な色をしているでしょう。生き残るための手段だったのですね。さて、原始人が『美』に対する感覚を鋭くしていたころ、彼ら自身の顔はどんなものだったのでしょう。
これが原始人の顔といわれているものです。原始人は固いものも食べられるように、あごが発達し、寒さから見を守るために毛が濃かったそうです。原始人が一番人間の根本的な顔です。
某ホームページで見つけた原始人人気ランキングでは、

1位 クロマニョン人
2位 北京原人
3位 アウストラロピテクス
4位 ネアンデルタール人
5位 ジャワ原人

と続くそうです、さあよく周りを見渡してください。10人以上の視線を集めた人、良かったですね、あなたは、原始人です。これからも野性的かつ獲物に飢えた目の輝きを忘れないでくださいねー^^;

原始人と来れば、次は未来人ですよね。ということで続いては、未来に人はどのような顔になっているのかを考えましょう。 原始人があのような顔であったのに対して、未来人はこのような顔になるのではないかと考えられています。じゃじゃーん!
ご存じ英語の吉川先生です。いつ見てもダンディです。
原始人は比較的顔が丸いのが特徴でしたが、未来人はあまり丸くなくて、どこかこうキリッとした顔立ちであることが分かると思います。何かこう忙しく厳しい社会情勢の中、めげずにがんばっている、という感じがうかがえます。
このことから分かるように、人間は、一言で「ヒト」と言っても、大昔から現在、そして未来に至るまで、少しずつではあるけれど、その姿を変えていくのです。世の中の変化に応じて人の顔まで進化していくのですね・・・。ちなみに私モナリザの顔は日々美しくなってきています。ごめんなさい。
顔の基本的なことについてはひと通り話したと思います。次は美の移り変わりについて藤高の生徒さんとお話してみましょうか。」

化粧

以下、モナリザ→モ

モ「どうも〜」

舘「初めまして〜」

モ「さっそくですが、本題に入りましょう。
世界では大昔から、男女問わず化粧が行われてきたわけだけれど、最初は、顔に顔料などを塗って飾るということは、『神様に守ってもらおう』という、おまじないの意味が強いものでした。それが長い時を重ねる内に、『人の美』というものに変わっていき、それとともに、化粧は女性のものとなり、何を美しいとするかも変わってきたようです。」

舘「日本では、白粉や紅が中国からわたってきた、飛鳥時代の推古天皇の頃から本格的な化粧が始まったらしいですよ。それ以前は顔に赤土を塗る風習がある程度でした。」

モ「赤は魔除けの色だといわれていましたからね。」

舘「それが平安時代になると、貴族の女性達は、綺麗に白くするために鉛や水銀から作られる白粉を塗っていたそうですよ。お肌によい米の粉で作った白粉もあったそうですが、それでは白さはうまく出せなかったようです。そんなことしたら中毒になりますよ、危ないことしますね〜。」

モ「まあ、美を追究する姿勢は千年前も今も変わりありませんね。」

舘「その頃、貴族の女性達は眉毛を抜いて、実際より高い位置に眉を描き、目尻には赤いラインを引いて、本物の口よりも小さく紅を塗る化粧をしました。これは実際にその化粧を再現してみたものです。これが誰だか分かりますか?藤島の先生ですよ?・・・実は、数学の松村先生なんです。」

モ「すばらしいですね!やってくれた先生の勇気と優しさに、みなさん盛大な拍手をお願いします。」

モ「ありがとう、みなさん。そして松村先生、本当にありがとうございました。」

舘「平安時代の化粧がどんなものかは、見てわかってもらえたと思います。白粉はさすがに平安時代のものは使えないので、現代のファンデーションと江戸時代には実際に使われていた小麦粉を使いました。さて、この化粧をすすんで(強調)自分にしてみようと思う人は現代にいるでしょうか? おそらくほとんどいないでしょう。しかし、平安時代にはこの化粧がふつうの化粧だったのです。また、化粧をする理由はただ一つ、美しくなるためです。つまり、この化粧を施した顔が平安時代は美しかったということになります。この化粧を女性がするようになったのは、平安時代の屋敷に深い関係があります。この時代、屋敷の照明はろうそく。部屋は薄暗いものでした。薄暗い部屋で目立つために、白粉を塗っていたのです。また顔が大きい人の方がやはり薄暗い部屋で目立ったため、下ぶくれが美人とされたのです。ちょっとこわいですね。また、スタイルは十二単を着ていたのであまり重視されませんでした。」

モ「一方、現代人の顔はどうでしょう。現代人の美しさに磨きをかけようと日々努力している、美容院の方に話を聞いてきました。」

MPEG movie 〈美班ムービー2 インタビュー映像〉(Not Available)

舘「髪型一つで人の印象を変え、自分だけでなく人まで美しくしようとがんばる人もいます。現代の美しさには、こんな人たちの努力があることを忘れないでくださいね。私たちは美容師ではありませんが、少しの努力で大きく自分を変えることができます。そして、その手段は平安時代よりずっと簡単で安全です。」

モ「時代とともに『美人』がどんな人を意味するかは変わってきました。もちろん『美男子』もです。」

舘「源氏物語に不細工といわれていた末摘花という女性が登場します。どう不細工かというと彼女は背が高くて、痩せていて、鼻が高くて、目が二重でした。えっ、これって今の美人ですよね。当時認めてもらえたのは髪の長さと性格くらいらしくて。」

モ「それはお気の毒ですね。まあ、私の美しさは今も昔も評価されるものですけれど。」

舘「………」

モ「ところで、どうして人は美しくなりたいと思うのでしょう?」

舘「えっと、やっぱり最初の第一印象の話も含めて、人の視線を気にしているんだと思います。」

モ「人に良く思われたい、愛されたいと思うのは人として当然のことだけれど、現代は特にその傾向が強くなっているようです。その思いが強くなりすぎて、醜形恐怖症という精神的な病気になってしまう場合もあります。醜形恐怖症とは自分の姿形、特に顔の場合が多いのですが、その一部が非常に醜いと感じて、外出すら苦痛になるという病気です。それによって、引きこもりになるケースもあります。醜形恐怖症は最近になって患者が増えてきた病気で、最近では若い人に多く、男女差もあまりありません。思春期は情緒不安定になり,自己否定感が強くなる時期だと言われています。実際はふつうの顔で、気にする必要もないのに、自分の容姿が人に不快感を与えていると感じ、その容姿を恥じたり、極端に気にしたりする人が増えているそうです。病的になるとたとえ整形しても、『こんなはずじゃなかった』と何度もやり直しますが、それでも『自分は容姿のせいで人から好かれない』と思いこんでしまうのです。それは自分の欠点に向き合うのを恐れて容姿のせいにしているのではないかと言われています。治りにくい病気ではありますが、カウンセリングを受けたり、専門医に相談したり、「自分が思っているほど、他人は自分のことを考えていない」と自己暗示をかけるなどが有効な治療法です。しかし、自分を受け入れてくれる、恋人や友人ができると案外簡単に治ることもあります。」

舘「この病気の原因は、容姿より心にあるといえますね。」

モ「しかし一方で、マスコミがモデルやタレントを取りあげて、『外見が美しくないのはそんである』という価値観を刷り込むのにも原因があるのではないでしょうか。」

舘「でも私は、その言葉をあっさり真に受けて、自分の容姿を否定してしまうのが心の貧しさであり、弱さだと思います。」

モ「なるほど〜。その心の貧しさと弱さを克服すれば、醜形恐怖症も怖くないさぁ!!」

モ「自分がイメージしたとおりの「最高の自分」に近づくために自分を創造する。言葉で言うと簡単なようですが、実際はそう簡単にはいきません。人の外見はお金をかければある程度は作ることができます。しかし、外見だけの美は魅力的だとはいえません。だからどんなに美しく作り上げても、自分に満足し、安心することができないのです。自分の内面を作ってくれるのは自分だけです。内面を磨こうと努力することで、外見の美しさを魅力的に見せるのでしょう。そうやって作られた外見の美しさが、人の内面の美しさも表しているといえます。そうやって自分の内側も外側も磨いていく事こそが、自分を本当に創造していくことなのです。クリエイターという職業は、一握りの、才能と努力を併せ持つ人のものです。しかし、自分に関しては、一人一人が『美のクリエイター』になりえるのです。その事を頭の片隅に置いておけば、これからより美しい自分になろうとする時にきっと役立つでしょう。」

舘「そうですね、私もがんばってみます。」

モ「次は・・・」

舘「学校祭プロモーションビデオです。」

モ「ああ、あれはぜひとも見てもらわないと!それではみなさん、どうぞ楽しんでご覧ください。」

藤高学校祭プロモーションビデオ

MPEG movie 〈プロモーションビデオ〉(Not Available)

World Science班

導入部


発明

発明班 プレゼンテーション(一括表示)

宮崎「発明。それは、想像しそれを現実に作り上げるという人間の行為です。
石器、火、火打ち石、青銅、車輪、紙、羅針盤、めがね、火縄銃、活版印刷、鉛筆、顕微鏡、 望遠鏡、真空ポンプ、避雷針、蒸気機関、紡績機熱気球、ガス灯、蒸気機関車、発電器、電話、 電球、ラジオアンテナ、真空管、レーダー、トランジスタ
このように人はこれまでにさまざまな発明を行ってきました。その中でも、人間の生活に大きな変化をもたらしたものは、飛行機や自動車など交通手段の発明でしょう。」

山本「まずは自動車から。早速ですが、問題です。今や生活になくてはならないものとなった自動車。それを世界で最初に発明した人は誰でしょう。」

  1. ベル
  2. エジソン
  3. ジョン
  4. キニョー

山本「正解はDです。ベルは電話、エジソンは電球を発明したことで有名ですね。 自動車を初めて作ったのは、220年ほど前のフランス人、ニコラ・ジョセフ・キニョーでした。 その自動車は、三輪の蒸気機関で動くというものであり、また、一般の人々にはまだ普及していませんでした。
そんな中、普及を実現させたのは、アメリカのヘンリー・フォードでした。1890年、フォードは農場での仕事を辞め、「エジソン電気会社」に就職しました。そして、その3年後、自分でエンジンを作り上げ、そのテストの後、最初のエンジン車を作り上げたのです。 フォードのエンジン車は、それまでの自動車と比べて速く走ることができ、大量生産が可能で、安価であったため、すぐに一般の家庭にも普及することとなりました。当時は、『フォードは自動車、自動車はフォード』と呼ばれていたほどで、当時の人気を伺うことができます。 自動車は、フランスのニコラから始まり、カール・ベンツ、ダイムラーなどの研究を経て、フォードによって、ついに大衆に受け入れられるまでの大きな発展を遂げました。現在では様々な安全装備が開発され、乗る人の安全を約束できるまでになりました。当初はバックができないどころか、ブレーキがついていなくて、止まることもできないほどでしたが、今ではエアバッグなどの安全装備が充実しています。
また、デザイン面での開発も行われ、初期の自動車は箱形の角張ったデザインだったのに対し、現在の自動車は丸みを帯びたデザインのものも一般に広く普及しています。速度も開発を重ねるにつれ、より速い自動車を作ることができるようになりました。 現在では、二十一世紀になり、自動車も飛躍的な進歩を遂げようとしています。ソーラーカーや電気自動車などの環境に優しい自動車が研究・開発され、カーナビなどのシステムも充実してきました。これからも、自動車は人間の生活の一部としてますます発展していくことでしょう。」

南「次は飛行機です。昔から人類は『鳥のように空を飛んでみたい。』という夢をもっていました。 そうして発明されたのが飛行機です。最初の飛行機の設計図は、15世紀後期〜16世紀前期にさきほどの『モナリザ』で有名なレオナルド・ダ・ビンチによって描かれました。

南「問題、ダビンチはその設計にあたりある種の動物の飛翔を見本としましたが、それは何でしょう。」

  1. ひよこ
  2. ふくろう
  3. コウモリ

南「正解はDのコウモリです。
ダビンチは、数種類の鳥の飛翔を観察した結果コウモリを見本にした羽ばたき飛行機が最も飛行に優れていると考えました。しかし、ダビンチの案は成功せずにその後数多くの人々が飛行機を造ろうと励みましたが失敗に終わりました。そして20世紀になってすぐみなさんもご存じのライト兄弟が人類では初となる飛行に成功しました。」

南「ここで問題、ライト一家で、この飛行機を操縦していたのは誰でしょう。」

南「正解はDの弟です。
ライト兄弟の設計した飛行機はダビンチの飛行機とは型が大きく異なり全く新しい型の飛行機を造りだし歴史的な発明となりました。そして今では、世界中で飛行機が飛びかっています。 形状も初期の頃とはずいぶん異なりましたね。なんといっても最大の変化は木製から鉄製になったことです。そして、一人乗りから何百人乗りに、数十メートルしか飛べなかったのが数千キロメートルに、飛行機は百年間でここまで進化しました。今後はいったいどんな飛行機が出てくるのでしょうか。」

白川「もとは、人が歩くほどしかスピードがでず、庶民には高価であった自動車。初の飛行時間は数十秒、ヒト一人飛ばすこともままならなかった飛行機・・・・。しかし、この100年を見ても両者は驚くべき進歩を遂げてきました。」 佐々木「ヒトにとって発明とはどんなものでしょう・・・・。時代が進むにつれてヒトはより便利なものを求めるようになっていき、それに対応してヒトは様々なものを生み出してきました。その上にたつ現在の生活はいわば「想像から創造」という発明の積み重ねです。 私たちが生きる場を発明が形作っている・・・・。そう考えてみると発明とは人が生きるために備えている本能と呼べるものではないでしょうか。」

ロボット

ロボット班 プレゼンテーション(一括表示)

梅田「人間は発明を行う過程で色々なものを創造してきました。その中の一つであるロボットについて、ImaginationとCreationという観点から見ていきたいと思います。」


栗本「みなさんは映画『AI』を見たことがあるでしょうか?
私たちロボットが「愛」という感情を持ったらどうなるか、というのがこの映画のメインテーマでした。 感情、いわば心を持ったロボットを想像してみましょう。また、人がそのようなロボットを創り出すためには何が必要なのでしょうか?」


前田「アトムの誕生日は今年の4月7日かぁ。過ぎちゃったなー。」

岩崎「現実にはせいぜいASIMOが精一杯みたいだし、本当にアトムなんて作れるのかな?」

前田「やっぱりアトムって夢だよなー。アトムに憧れてロボットの研究をやってる人はたくさんいるんだろうな。」

阪下「アトムが生み出されるずっと前から、ロボットのように人間の生活を守ったり、豊かにするものはイメージされてきたんじゃよ。」

岩崎「そうそう、昔から工場ではロボットが使われてきたし・・・えっ?誰?」

阪下「知らんのか?わしの名前はお茶の水博士。ロボット工学の第一人者じゃ。」

前田「へぇ。うさんくさいなー。」

岩崎「それじゃあ博士、いつごろから人間はロボットをイメージしてきたんですか?」

阪下「やれやれ、ご説明しよう。」

山本「歴史で初めてロボットのようなものをイメージしたのはなんと古代ギリシャ時代です。やがてルネサンスの時代になって、そのようなロボットは実際に創り出されました。しかし、そのころにイメージされていたロボットはただの機械、つまり道具で、人間の命令に従って働くだけの存在でした。
心を持ったロボットのイメージは19世紀ごろに生まれたものです。 酒井「ロボットを題材に取り上げた小説の中で、人間はロボットが心を持ったらどうなるかをイメージし始めたのです。

岩崎「へぇ、ロボットって歴史があるんだな。」

前田「ちょっと待って、心を持ったロボットと心を持たないロボットの役割ってどう違うの?」

阪下「ふむ、いいところに気が付いたのう。」

山田「ロボットには、現在、主に二つの役割が求められています。人間の代わりに仕事をして、人間に楽をさせたり危険な作業を肩代わりしたりするのがその一つです。 また、最近の傾向として、人を楽しませる効果も求められてきています。人間とコミュニケーションすることによって、人間を楽しませる役割を果たします。そのためには心が必要なのです。 AIBOやASIMOに代表される、エンターティメント型のロボットには、これから先より多くの人間性が求められていくことでしょう。」

山本「もともと人間がロボットというものをイメージした時に、人とふれあう役割はロボットには求められてはいませんでした。実際にロボットを作っていくうちに新しい役割が求められてきたのです。 これは、心をもったロボットを作り出したいというimaginationが労働力を目的としたロボットのcreationに広がりを持たせた一つのはっきりとした例だと思われます。」

前田「へえ。なんだか分かったような気がする。」

岩崎「博士、実際に、心を持ったロボットは作れるんですか?」

阪下「君たちがロボットに対して、人間の道具というイメージを持たないことが大切じゃ。そうすればロボットの役割も変わっていくからのう。そういう風に考えることができる人がこれから増えていけば作ることが出来るかもしれないぞ。」

岩崎「本当?」

阪下「しかし、問題もある。」

山田「人は、ロボットとは違い、大変不完全な存在です。感情を持ち、時に失敗することもありますが、逆にそれが人間らしさであるとも言えます。 ロボットが心を持つ、ということは、ロボットがより人間に近付く、ということでもあります。 ということはつまり、心を持ったロボットは、人間のようにミスをしたりすることが考えられるのです。」

酒井「今のコンピューターは人の命令に従うものであり、ミスを決して犯せないものであるのです。(×7) 人間らしさとコンピューターの完全さを、ロボットに同時に求めることは出来ません。なぜなら、この二つは全く逆のものであるからです。(×4) 今は技術的にもロボットに心を持たせることはできませんが、私たちの中に、ロボットは必ず言われたことを実行する道具ではなくて共に働いてくれるものという意識が生まれるなら、心を持ったロボットが私たちの前に登場する可能性もあるかもしれません。」

阪下「お分かりかな?」

二人「うん!」

阪下「それじゃあ最後に、君たちは心を持ったロボットが完成したら何をしてほしいと思うかい?」

前田「やっぱり友達になってほしいかなぁ。一緒にサッカーするとか。」

岩崎「家族になってほしい。一緒に生活してみたい。」

阪下「うむ、君らのような高校生が増えれば、ロボットに求めるイメージも変わり、ロボットの可能性も広がるじゃろう。しかし、もし本当に心を持ったロボットが生まれ、ImaginationやCreationを行うとしたら、人間の存在価値はどうなるんだね?ロボットは人間よりも早く物事を処理することができ、力も強く、修理すれば死ぬことはない。 そんなロボットたちの中で、人間は人間の存在価値を保っていられるのじゃろうか?」

岩崎「そうか、ロボットと友達になれるといいなと思ってたけど、それっていいことばっかりじゃないんだな。 博士、色々教えてくれてありがとうございました。」

阪下「なんのなんの。それじゃあのう。」


栗本「本能に従い、人間は多くのものを発明してきました。しかしロボットなどのこれからの発明は、人間を豊かにするだけでなく、人間そのものの存在を脅かす可能性をも持っています。 人間はそろそろ発明と言う本能だけに従うのではなく、発明に伴う結果を考え、理性の声に耳を傾けることを始めなければならないのかもしれません。」

総括

林「imagination。creation。人間による最も人間らしい営み。Imaginativeに生きる。Creativeに生きる。
人間の本能と夢の結晶であるcreationは、私たち人間の発展を可能とした。産業革命、モータリゼーション、情報化社会・・・ そして今、人間はいわゆる「ハイテク社会の産物」を享受し、この上なく豊かな生活を送ることができている。
しかし一方で人間は何かに縛られていたり、踊らされていたり・・・
ロボットのように人間の機能を追求し、より人間らしくなっていくcreationたち。 夢を、人間らしさを失いつつある人間たち。 見た目とは裏腹に心を病んでいる現代人。 自由に遊べと言われても遊べない子供たち。
これまでの人間の「そうぞう」の結果、地球には負の財産も大量に残されてしまった。 もうやみくもにimaginationやcreationを推し進めていく時代は終わった。
Imaginationとcreationの対象を選択すること。これからを生きる私たちは何をimagineし、何をcreateしていくべきなのか。
そして、この学校祭のテーマ、『フジカラー。』 大事なのはただ色を重ねていくことではなく、適切な色を選択し、調和を考えて色を塗り分けていくことである。」

スタッフロール


あとがき

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