仮想現実 〜ようこそリアルな嘘の世界へ〜 page7

◆テーマパーク班発表◆

 スクリーンにディズニーランドの映像を映す

 いままで様々な仮想現実を見てきましたが、今まで人間の頭の中にしか存在しなかったものを現実のものとしてしまった場所があります。空想と現実が鋼索する場所、夢と魔法の国、東京ディズニーランド。ここでは毎日のようにショーやパレードが行われています。東京ディズニーランドの年間の入場者数は1700万人を超え、いまや世界で一、二位を争うテーマパークとなっています。人々はいったいディズニーランドのどこに惹かれるのでしょうか。

 ディズニー映画の創始者、ウォールト・ディズニーが望んでいたのは、大人も子供も楽しめるテーマパークを造ることでした。そして世界で初めてのディズニーのテーマパークは、1955年11月アメリカのカリフォルニアにつくられました。その後1971年にはフロリダに、ディズニーワールドと呼ばれる総合テーマパークが完成。しかしディズニーは完成前の1966年になくなっています。そののち、世界で3番目となるディズニーのテーマパーク「東京ディズニーランド」が千葉県浦安市に1983年4月15日オ−プンしました。ディズニーの追い求めた大人も子供も楽しめるテーマパーク」は大成功を収めましたが、ディズニーランドの何が人々に夢を与えるのでしょうか。

 これは、インターネット上で行われた「東京ディズニーランドにいく目的・楽しみ」に関するアンケートです。上位三つの理由からわかるように、いずれも人々は現実にない空間や雰囲気を求めていることがわかります。東京ディズニーランドというのは人々の夢があふれた場所、現実とはかけ離れ、ひとつの世界が作り上げられている場所です。それを求め、何度もそこへいく人間の心理、そこには現実をほんのひと時忘れ、夢の世界に浸りたいという人々の心が見え隠れします。このようにディズニーランドには、人々を魅了する何かを持っているといえます。ほかにはない、ディズニーランドだけにあるもの、それは、ディズニーランドに「夢と魔法の国」という言葉に集約されているような気がします。そこで、識者の意見として、福井県大学の氏家先生にお話をお聞きしました。

 福井大学氏家先生へのインタビューの映像を映す

 このように、人々はなにかしらの仮想現実というものを求めています。それが、自分の身近にあるかないかは人によって違います。自分なりの仮想現実を求める空間のひとつとしてディズニーランドがあり、そこで人々は日頃の現実を忘れて自分の理想の空間に浸り、現実にもどっていくような気がします。現在では「仮想現実」「バーチャルリアリティー」と聞くと犯罪の温床のようなイメージ、悪い印象が強くなっていますが、人々は誰でも個人の世界を持ち、自分なりの「仮想現実」を追い求めているような気がします。人々は自分の理想と現実のギャップを埋める一つの手段としてテーマパークに行くのではないでしょうか。テーマパークに存在するミッキーやミニーは、実は中に人が入っていて、本物のネズミではないという「事実」を人々は知っています。しかし彼らにそんなことは関係ありません。ミッキーやミニーが生きてディズニーランドにいるということが、かれらにとっての真実なのですから。


◆エンディング◆

委員長:
 いままで皆さんには私たちの周りにあるさまざまな仮想現実について紹介してきました。今まで発表してきた内容は、一見まったくお互いに関係がないように思えるかもしれません。しかし一見ばらばらなこの調査から私たちはひとつのことを見出すことが出来ました。
 欲望人間の作り出した仮想現実を見ていくうちに、ひとには欲望が生まれ、人間の頭の中として仮想現実となり、その後、理性の壁や、現実の壁に突き当たります。そしてその壁を越えたものが現実となり、あとは仮想現実のまま、更なる欲望につながっていく、このようなことが分かってきました。
 理性の壁や現実の壁に止まってしまい、現実にはならなかった欲望や仮想現実、このようなものは人間の現実逃避になる場合もありますし、人間の創造力、未来への躍進力になる場合もあります。時代が進むにつれ、仮想現実空間を生み出す方法というのは、発展していきました。それにつれて私たちの想像、空想も発展してきました。これは今まで資本主義社会で行われてきたことです。逆に、社会主義では、政治的な面だけですが、その仮想現実を生み出すようなものはすべてさえぎられてきました。

 人はなぜ、仮想現実を求めるのか。そう聞いたときに、皆さんはどう考えますか。

 人々は現実社会に何らかの不満をもっています。完全に満足している人というのは、まず、社会にはいないように思います。そこで、自分の理想郷を作り、不満を満たす。それが行き過ぎると、犯罪になる場合もあるかもしれません。しかし、科学の源、社会の原動力といったものはここに出発すると思います。
 一人一人の力は小さい、想像力も小さい。しかしそれが集まり、大きな集団で創造を語り合い、私たちの理想を求めていけば、きっと社会は変わるはずです。私たちが社会に不満を持っている限り、社会を変えていくべき必要はなくならないように思います。

☆エンディングムービー☆