仮想現実 〜ようこそリアルな嘘の世界へ〜 page2
総合司会:
 静止している絵画に対し、一コマ一コマの画を組み合わせ、動きを表したのが漫画です。人、ものに動きを加えることで、バーチャルの世界はどう変わったのでしょうか。それでは漫画班の発表をどうぞ。

◆漫画班発表◆

 
ナレーション@:
 漫画は作者の空想した世界を表わしたもの。20世紀、日本が「世界の一大漫画国」となって以来、社会にはたくさんの漫画が普及し、ぼくらの生活に様々にはたらきかけている。つまり、漫画は今や単なる娯楽にとどまらず、日本文化のひとつとして重要なものになったんだ。じゃあ、実際に、漫画にはどんな顔があって、どんな影響をぼくらに与えているのか、検証してみよう。
 まず、漫画の歴史は、明治になる前、葛飾北斎のイラスト集から始まったんだけど、これにはまだストーリー性はなかったんだ。
 大正時代にはじめて、岡本一平が現代にみられるようなストーリー漫画を書き、関東大震災で、被害をうけた人々に、安らぎを与える漫画(いまでいう「サザエさん」とか「ドラえもん」みたいなやつかな?)がうまれた。昭和にはギャグ漫画が出回って、その下品さが親にはいやがられたそうだよ。ヒーロー漫画が登場したのもこのころなんだ。そうして、現在の、複雑で、ジャンル多彩な、ストーリー性のある漫画に至った。まあそんなとこかな?

葛飾北斎

 そんなこんなで、漫画について調べて、見つけたいくつかの要素。
 それは「人情味」、「ギャグ」、そして「ヒーロー」、「ホラー」の4つなんやけど、それらは、ぼくたちに「感動」や「笑い」、「あこがれ」、または「恐怖感」みたいな「スリル」、を与えてくれてるんだ。
 だから、漫画描く人は、ぼくらに、「感動したり、共感したりって、自分の作品に反応してくれること」を求めてるし、ぼくらもまた、漫画なりなんなりに「感情の刺激と潤い、理想や気分転換」を求めている、そこで漫画はその2者のパイプ役を果たしているというか、互いの需要と供給の場になってるということなんだね。もしくは、作り手と読み手がいてはじめて、漫画の存在が確かなものになる、ともいえるかな。しかも、感情を刺激するものは、いつもみる平凡さからはうまれてこない、やっぱり、漫画はその点で、ありがたい存在だといえるね。でも、ひとつ気がかりな点あるんだ。きみも知らん間に、自分が漫画の世界にどっぷりひたってるって、あとになって気づいたことってあるだろ?まさにそれなんだけど、どういうことだろー?
ナレーションA:「まあ、わたしにまかせてよ」
ナレーション@:誰?
ナレーションA:「漫画は、アートみたいに、一つの絵をじっと見て考えることってないだろ?」
ナレーション@:
 うーん、たしかに、次々と絵がでてきて、特になんも考えんとひたすら読んで、読み終わってから、お、おおって我に返るね。
ナレーションA:
 「これは多分、漫画のストーリーが、読むひとに流れを要求するもので、考える必要とか余地を与えないものだから、読者は、情報をそのまま頭んなかに取り込んでしまう、と思う。そこで、無意識に、ひとは仮想現実でしかない漫画の世界と現実とを、ごっちゃにしてしまうっていう事態がおこるのよ。」
ナレーション@:んーーー、んん?話がよくわからん。
ナレーションA:「ああ、それならもう一度、今度は図をつかって説明しましょう!」

ナレーションA:
「…つまり、自我・秩序の未熟な人、「やったらあかん」ことの理解が、あやふやな人が、その理解をはるかにこえるような漫画を見て、その情報を得たとき、その人の視界・行動の領域は、それらのストッパーとなるべき秩序の壁をこえ、現実にあってはいけない行為にまで手をのばしてしまう。それが今ぼくらのかかえる問題なんだ、ってことだよ。」

ナレーション@:
 ああ、なるほどねー。大人たちのなかには、漫画はこどもに悪影響を与える、っていうひともいるけど、漫画だけに問題があるわけじゃあなくて、読むほうにも改善の余地があったんだあ。勉強よりも人間として生きることを、今まで以上に、しっかり教える必要がある、そういう時代なんだな。むずかしいけどね。
ナレーションA:
「でも、わすれてほしくないのは、科学も、現実を越えてつくられてきた、ということ。漫画は、幅広い考えをもつための手助けをしてくれるものでもある、ということ。現実を越え、非現実の世界に身を投じることは、一種の進歩でもあるんだ、ということ。それをわすれないでほしい。」
漫画とうまくつきあっていく環境をつくること。これがわたしたちの目標。
あなたはそのこたえ、みつけられますか?

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